尾崎えり子 Profile黄

1983年生まれ。香川県丸亀市出身。
早稲田大学法学部卒業
2006年、新卒で経営コンサルティング会社リンクアンドモチベーションに入社。
中小中堅ベンチャー企業の経営者に対する組織人事コンサルティング営業2年、大手企業へのIRコンサルティング営業2年。
在籍4年で二度優秀社員賞を受賞。

2010年、結婚を機にスポーツデータバンク(株)転職。
子会社キッズスポーツクリエーション(株)の設立に参画。
執行役員として幼児向けスポーツの通信教材「スポーツレシピ」を開発。
第一子育休後、代表取締役に就任。
第二子育休を経て、退職。

2014年7月(株)新閃力を立ち上げる。
地元の流山を中心にママや子どもの力をビジネスの実益に活かす新規事業プロデュースを開始。
【肩書き】
(株)新閃力代表取締役
NPO法人コヂカラ・ニッポン理事
流山市子ども子育て審議委員
早稲田大学国際寮グローバル人材育成プログラム講師
JSBN未来塾講師
市進ホールディングス社長特命アドバイザー

index18 Dec 1983
香川県丸亀市に産まれる。3人兄弟の真ん中で育つ。父が兄、母が妹に取られている気がして(被害妄想)とにかく「自分をみてほしい!」という気持ちを幼少期から持つようになる。幼稚園の時も発表会は主人公に立候補し、休み時間はジャングルジムの一番高いところに立って演説をしていた。
indexApr 1990
小学校時代は級長に手を上げ続けるが、人気がないため毎回、自分の一票しか入らない。周囲の空気を読まずに自分が目立つことばかり考えるので友達が少なくなる。中学校時代は級長に誰も手をあげなくなるので、念願の級長になるが、嫌われてトイレでご飯を食べることもしばしば。そのまっただ中、自身の今の現状を書いた弁論大会で県代表に選ばれる。どんな状況でも「自分の経験」を発信すると評価されることに気付く。男に勝る力を持ちたくて柔道と野球を始める。
indexApr 1999
学区で一番の進学校「丸亀高校」に入学。今まで男子のみだった応援団の入団条件を変え、学ランを着て甲子園のアルプススタンドに二度立つ。2年生の時に応援団長になり、生徒会長にも当選。今まで校則で禁止だった「マフラーの使用」を改正。「目立つ」とは前に出ることではなく、時代錯誤な常識を変えることだと気が付く。成績は模試は最下位に近かったが、3年間数学、英語から家庭科、音楽まで全教科の定期テストを頑張って指定校推薦で「早稲田大学法学部」に合格。
indexApr 2002
大学では視野を広げるため、中国へ白菜を1週間切り続けるという食品会社へのインターン、朝日新聞・東京新聞・四国新聞へアルバイト&インターンを行う。またずっと続けていた野球をプレイするため、元中日の谷澤健一さんが監督を務める社会人野球チームに入団。(写真の隣は欽ちゃん球団の片岡あゆみさん)その活躍が認められ、卒業時「総長奨励賞」を受賞。(写真の隣は芥川賞作家の綿矢りささん)

  

indexApr 2006
新卒でリンクアンドモチベーションに入社。1年目は中小中堅ベンチャー企業の経営者に対して組織人事コンサルの営業を行う。その年、優秀社員賞を受賞。賞のプレッシャーに潰れて3か月休職。復帰してからはプロから社会人までスポーツチームへの組織人事コンサルの営業を行う。3年目からは会社がM&AしたIR事業部に出向し、大手企業のIR関連のコンサルティング営業を行う。二度目の優秀社員賞を受賞。自社の採用リーダーになり、人事にも関わる。
indexNov 2009
indexFeb 2010
結婚を機に転職。全国でジュニアスポーツスクールを展開しているスポーツデータバンク(株)に入社し、すぐに子会社キッズスポーツクリエーション(株)の立ち上げにかかわる。幼児向けのスポーツサービスを展開する。執行役員に就任。幼児向けスポーツの通信教材「スポーツレシピ」を開発。第一子を出産し、復帰時に代表取締役に就任。自社のサービス展開とともに本社のジュニアゴルフスクール拡大にも関わる。育休をきっかけに仕事とは別に地域活動も積極的に行い始める。
indexNov 2010
indexMay 2011
indexApr 2013
indexJul 2014
(株)新閃力を設立。子育てと仕事を両立させるため、地元をベースに事業を開始。
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